研修会・セミナーの報告

東京研修会
「わが国の食の現状とフードシステムの役割-生活者はフードシステムをどうとらえ、評価し、日常の食物選択や食環境づくりに活かすことができるか」

2011年5月22日
会場:日本女子大学(東京都文京区)

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総会に続く東京研修会では、「わが国の食の現状とフードシステムの役割―生活者はフードシステムをどうとらえ、評価し、日常の食物選択や食環境づくりに活かすことができるか」という演題で、東京大学大学院・農学生命科学研究科、中嶋康博准教授に基調講演をしていただいた。その内容の一部を紹介させていただく。

フードシステムというのは、食料品の生産から流通・消費までの一連の領域・産業の相互関係を、一つの体系としてとらえる概念である。素材を生産する農林水産業から始まって、食品を加工する食品製造業・加工業があり、それを流通させる食品卸売業・小売業があり、さらには外食産業があり、それらが互いに取り引きしながら、最終的に消費者のもとに食べ物を提供する、という一連の流れを形づくっている。

それぞれの分野には大小さまざまな非常に多くの個別の事業者が関わっており、それらの日常の活動がまちがいなくうまくつながることで、毎日、私たちの手元へ食品が届けられる。フードシステムとはこれらの事業者が組み合わさってできた超産業なのである。

フードシステムには2つの機能があり、一つ目は「食行動の外部化・産業化」。人の食行動を考えると、採餌、調理、摂取、消化吸収という4つに分類されるが、それらを並べてみると、その順に食は外部化していったことがわかる。

一番はじめに位置する採餌は、かなり歴史の早い段階で自給自足をやめて農家や漁師に任せるようになった。その次の段階の調理もだんだんと家庭でしなくなり、総菜や弁当やレトルト食品に代わっていった。3つ目の摂取も外部化してきており、食べやすい幼児食や老人食等がかなり普及している。最後の消化吸収だけは自分自身でなければと思うが、それを補助するようにサプリメントが使われている。つまり、食行動のあらゆるものが他人に任せて外部化していくわけで、他人に任せてその対価を払うようになると、それを担う活動が産業として育っていく。

このようにして発展した食の産業は、安全・安心に大きな責任を負うことになる。私たちは食事が自分の目の前に届くまでに、誰がどのように手を加えたかわからない。そのことが不安の原因になっている。「農と食の距離が遠くなった」とよくいわれるが、それは食の外部化が進んだ結果であり、この動きは、逆戻りはしない。

2つ目は「加工の機能」である。食べ物は、農業、漁業、畜産業、水産業からうまれ、原料を提供している。米であれば農業で作られているのは稲という原料だけであり、そのあと脱穀して、ヌカを取り、精米して、炊飯をして、そうやってはじめてご飯という食べ物になる。牛であれば、畜産で作られているのは牛という素材であり、屠畜して、解体して、脱骨して、内蔵を取って、精肉にして、そして火を通してステーキになり、これらの「加工」というプロセスがあって、はじめて食べ物になる。

農家が出荷するときに野菜の大きさを揃えたり、カットしたり、袋詰めやパックしたりする。海で取れた魚介を港にもってきて、冷蔵・冷凍したり、保存する。それはみな広い意味での加工である。

もう一つ指摘したいのは、現代の食品企業の技術は、当然ながら家庭での技術を凌駕していることである。例えばいろいろなおかずが入った持ち帰り弁当を自分でこの値段で作れるかどうかというと、絶対に作れない。こういう現象は早くから衣服で起きていた。戦後すぐは物不足もあり、子どもの服は母親が縫っていた。着物も自分で洗い張りして、仕立てていた。いまは既製品を買った方が安くてしっかりしていて、どんどん新しいデザインのものを着られる。それは企業の技術進歩が素晴らしく進んだので、家庭での作業はそれに追いつけなくなってしまったからだ。

食の世界でも同じことが起きている。最近の総菜や弁当はどんどん安く、味がよくなっている。問題は安心安全が目に見えないと消費者が不安になること、そして調理の技術や食品を選ぶ能力が衰退すると、健康に害が出てくるということ。この2つが、現代日本のフードシステムにおける大きな問題点といえる。

2001年のBSE問題、および2006年の食品偽装問題がおこり、日本において食の信頼が失われてしまった。これらの事件は、食品業界にとっては非常に大きなダメージで、安全な品を作っている企業さえも、疑いの目を向けられる事態となった。基本理念は「食品事業者に対する、消費者の信頼向上を図る」で、信頼の礎である関係者間の理解を促すために、食品事業者の「行動の見える化」を図り、共通言語となる「協働の着眼点」を策定した。これは製造業、卸売業、小売業の3パターンを作ったが、ここで必要になるのが正しいコミュニケーションである。6次産業化(注1)することにより、農業を営んでいる人が、原料を作るだけでなく、食べ物を作るようになり、自然とリスクは高まる。加工に関与すれば、当然事故への対策をしなければならず、6次産業化では事故に対する備えが必要になる。

東日本大震災が起きて約1か月が経ち、今回の震災から感じたことは、近くに「農業」があることの重要性である。被災地では多くの方々が食べ物に困られた。農村部も被害にあったが、道路が寸断され、ガソリンがない中で、農家が努力されて畑の農作物がすぐに出荷された。つまり、畑というのは貯蔵庫であったわけだ。食べ物がない恐怖を、日本中の人が一斉に感じたのが今回の震災だが、改めて私たちの近くに農村がないと非常時には大変なことになると感じた。これから都市と農村はどういう関係を取り結んでいくべきなのか、農家だけではなく、生活者も考えていかなくてはならない。

震災後、食料消費の低下(デフレ・景気低迷、消費者思考の変容)が食料価格の低下へと圧力をかけるのではないか、円高による輸入農産物の価格安(一方で穀物の国際市況が上昇)の問題、食品産業にさらなるコスト・価格引き下げ競争が起こるのではとさまざまなことが懸念される。消費者の求める安全・安心の確保、情報提供の充実のためのコストを捻出するのか等も、今後のフードシステムの課題となるであろう。

以上、中嶋先生には、生活者としてフードシステムをどう捉え、どのように評価していったらよいのか、また日常の食物選択や食環境づくりにどう生かしていったらよいのかについて、大変興味深いお話を伺うことができた。

中嶋先生の基調講演後、参加者から地元食材を積極的に取り入れている学校給食と自給率との問題、地元農産物の活用、食料自給率向上の視点を重視する「3・1・2弁当箱法」との関わり等、フロアーから活発な意見、中嶋先生への質問が出され、盛況のうちに閉幕となった。

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基調講演に参加した学生の感想文をみると、「食料自給率を上げることの難しさを感じた」「食の外部化が進むと、もともとある食文化が消えてしまうようで怖いことだと思った」「食の安全を確保するためには、生活者である私たちが自給率の低い食物の自給率を上げる努力をすることや、安さ・見た目のよさ等にこだわり過ぎないことが大切だと感じた」「震災後の食料の話を聞き、地産地消が大切だと思った」「困った時に助け合えるように、国内・国外にネットワークをもつことが必要だと思った」「食の安全管理は、今問題になっているユッケの0-111に繋がる内容だと感じた」「栄養士の卵として、この講演で得た知識をこれからの糧にしていきたいと思う」「社会で実践していらっしゃるさまざまな方の意見を聞くことができ、大変貴重な経験となった」等、さまざまな感想が書かれていた。食料自給率、地産地消、食の安全性等、日頃、聞きなれているはずの言葉であり食情報であるが、改めて生活者として、フードシステムとの関係を考えるよい機会になったのではと感じた。

(注1)農業や水産業などの第1次産業が食品加工・流通販売にも業務展開している経営形態。農業=第1次産業の「1」と、加工=第2次産業の「2」と、流通=第3次産業の「3」の数字を使って、1+2+3=6(または、1×2×3=6)でできた造語。農業のブランド化、消費者への直接販売、レストランの経営などが挙げられる。

文責:高増雅子(フォーラム理事、日本女子大学)

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