研修会・セミナーの報告

東京研修会
「”2011年3月11日”に何が起こり、どうしてきたか、どうしたらよいか-「食生態学の実践と研究」を活かして私たちはこれから何を、どうするか?-」

2012年5月26日
会場:日本女子大学(東京都文京区)

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「2011年3月11日に何が起こり、どうしてきたか、どうしたらよいか―『食生態学の実践と研究』を活かして私たちはこれから何を、どうするか?―」をメインテーマに、「食生態学―実践と研究」第5号の内容を熟読して参加するという特別の方法の下、基調講演とシンポジウムが行われた。基調講演は、盛岡大学栄養科学部教授、前宮古市長の熊坂義裕先生による、「東日本大震災、地域・生活の復興とは?―宮古に暮らし故郷の福島を思いながら―」についてであった。

熊坂先生はご自身で撮られた東日本大震災直後からの宮古市や陸前高田市の様子を写真で説明。「東日本大震災は、都会では大事件、でも私たちには生活そのもの」という先生の言葉が、実感される講演だった。

熊坂先生は、ご専門の立場から津波災害時の急性期糖尿病医療について「まずは助かってよかった。ご飯を食べることができてよかった。しかし、避難所の食事は炭水化物が中心。お菓子、缶詰の宝庫。食事は選択の余地がない。周囲への気兼ねからついつい全部食べてしまう。避難生活は甘いものを欲しがるようだ。だから身内の遺体捜索をしている患者の血糖値が悪くても、薬を飲み忘れても、食事を守れなくても、運動をしなくても、 私はそれに対し何もいえなかった。血糖コントロールも合併症の予防も、平時に価値を持つものであると思い知らされた」といわれた。

「被災者の半数以上は、震災直後と状況は未だ何ら変わっておらず、復興計画はハード面が中心で、雇用なくしては真の復興にはならない」といわれた。生活保護世帯が増加し、飲み屋街とパチンコ屋が賑わう。岩手競馬も経営が好転、ギャンブルが活況を呈し、アルコール依存の人が増加しているそうだ。

熊坂先生が宮古市長時代に、宮古市危機管理課が、総合防災ハザードマップを作成し、全戸に配布。これが今回大変役に立ったそうだ。

復興には市町村での格差が大きい。宮古市が、岩手県で建物被災戸数が最多にも関わらず復興が早かったのは、山本市長のリーダーシップや、行政職・市職員に犠牲者がなかったことが挙げられる。また、過去に何度も津波被害を受けている市民の知恵や市町村合併効果の発揮、基幹産業である電子産業の被災が最少(雇用が守られた)だったことなどが理由だろうと分析されていた。

被災直後、国・県はあてにならず、姉妹都市や防災協定提携都市、県内市町村、全国市長会、自治労等の迅速な支援が、大いに助かったとのこと。熊坂先生の市長時代の見事なネットワークによるものと感じた。

熊坂先生は、慢性疾患が急性疾患に変わったのが津波災害医療の特徴といわれた。震災直後、盛んに薬剤不足が報道されていたが、日本糖尿病協会からインスリンが3月16日に届き、安心して診療することができたそうだ。保健所・市が各避難所に貼り出す医療情報に「インスリン使用中の患者対応可」と記載した。メーカー・流通関係者の必死の努力により、宮古市においては3月21日の週にはほぼ通常通りに復旧し、混乱することはなかったそうだ。

岩手県内の約半数の避難所での食事調査結果から、管理栄養士が入って活動していた避難所は、概ね栄養状態が良好であったことがわかった。このことから、災害時にはDMAT(災害派遣医療チーム)の一員に糖尿病専門医、管理栄養士やCDE(糖尿病療養指導士)が入ることが望ましく、避難所等にCDEがいれば違った対応ができる、と。

仮設住宅に入ってからの栄養状態については、仮設住宅に入ってしまうと非常に見えにくくなってしまう。野菜や肉・魚・卵などのたんぱく質源が不足している人も多くみられ、管理栄養士等による継続的な支援が必要とのことであった。

管理栄養士による支援活動では、震災直後は食料・物資が不足したため、個人の健康状態、衛生面、食中毒等に気を配りながら、まず食べることを最優先にした。自衛隊の給食部隊と連携し、限られた食材の中で栄養バランスのとれた食事や塩分の少ない味噌汁の提供、強化米を活用したビタミンの補給に努めたとのこと。また、自衛隊の給食は保冷庫がないために食材の範囲が狭められたことや、2000食を提供するため調理技法が限られた(揚げる、蒸すが不可能)。さらに野営での調理のため、衛生面確保の観点から調理済み食品を提供する業者と連携して、献立にバリエーションを持たせる工夫を行ったそうだ。

3食が提供できるようになってからは、大量に届いた支援物資のインスタント食品や菓子類の摂取による過剰エネルギーを防ぐ指導を行った。仮設住宅入居後は食が個別化したことにより、手に入る食材の活用方法の指導、サプリ米の推奨、気になるケースの見守り等を重点的に行ったそうだ。昨年10月から始まった第二次全戸訪問では、前回の訪問で問題がなかった食欲低下や欠食が出ており、背景因子の分析をしながら個別に栄養指導を行っている。

一方、活動するうえで困ったこととして、活動拠点だった保健センターが損壊し、公用車が流失してしまい、車が確保されてもガソリンがなかったこと。パソコンが流失したため、献立の発注書、報告書等の作成に支障をきたしたこと。プリンタやコピー機が流失、停電のために使えず、印刷ができなかったこと等を挙げられていた。

復興に向けての最重要事項として、第1に何といっても住民の仕事の確保、2番目は住む場所の確保(仮設・借り上げ住宅から自宅へ)、3番目は生活環境の整備(教育、医療、福祉、買い物等)、4番目はハード整備(防潮堤、道路、鉄道等)、5番目は過去に囚われない大胆な経済的支援、6番目として長期にわたる心身への支援体制の整備を挙げられた。

宮古市長を12年経験し、また社会保障国民会議や社会保障審議会医療部会の委員を経験して痛感したことは、「高福祉高負担」以外にはあり得ないこと。医療も財政の健全化が前提であること。そのため今後の医療は、個人のQOLの向上と医療財政とのバランスをとることが大事になるといわれた。このことをご専門の糖尿病に当てはめると、糖尿病は心血管のリスクを高め、さらに糖尿病特有の合併症を併発するなどによって、QOL並びに社会保障資源や社会経済的活力に多大な影響を及ぼしている。糖尿病において最もQOLを阻害し、かつ莫大な医療費がかかるものは、糖尿病腎症が進展し透析療法が必要になった場合である。2012年の国の政策決定に対し、管理栄養士の果たす役割は真に大なるものがあり、仕事の真価が問われようとしている。

最後に、社会的健康格差の問題について、昨年日本学術会議が報告書で警鐘を鳴らしている。日本はOECD30か国中、貧困率第4位(貧しさゆえの不健康、短命が深刻化)、健康寿命の地域格差が大きくなってきている。「誤解を恐れずにいえば、もう励ましの言葉もコンサートも演劇も要らない。必要なのはお金と未来への希望(仕事をはじめとした具体的な生活設計等)である。東日本大震災は、隣人(実は明日の自分)を思う包摂型社会の大切さを教えてくれた」「今後、確実に起きるだろう大規模災害に対して、また被災地に限らず、壊れてしまっている日本社会の再構築のために、何らかのお役に立つ話だったとすれば幸いです」との言葉で締めくくられた。

基調講演後、「食生態学―実践と研究」の特集の筆者の方々により、”最重要の一言”が発表され、会場からは熱意と感涙、熱い声援が送られた。特集を熟読した参加者たちなので、5分足らずの短い発表にもかかわらず、内容の深刻さや重要さが理解しやすい進行であった。

学生の書いた感想文から、「原爆の写真と比較されていたのが、本当にすごいことだったのだと改めて感じた」「人間が生きていくために必要な本質的なものに気がつくこと、これが私たちの課題」「一番大切なものが位牌とアルバムという言葉に、思い出を失うことの怖さを感じた」「報道されていることがすべてではないことを知った」「隣人の大切さに気づかされるきっかけとなった」「活動に女性も多く参加しているのを知り、自分たち女性としての役割を見つけていきたいと思った」など、1年生の彼女たちにも、とても心に残る講義をしていただいた。

文責:高増雅子(フォーラム理事)

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