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2014-08-04

「撥ねもの」の野菜たち

孫たちが夏休みになったので、数日の間、富士山に守られている里山で過ごしてきました。

日中は暑いのですが、朝晩は涼しく、とくに明け方はしっかりと布団をかけていないと涼しく目が覚めてしまいます。この気温の差からか、朝はもやがかかり畑は朝露でいつも潤っています。富士山の伏流水で田んぼを囲んで流れる水路は音を立てて流れています。これらの恵みをいっぱいに受けて米や野菜たちは美味しく育っているようです。

都会からこの里山に移り住み家族を持ち、有機農業をする若者が何人もいます。自分たちが日々食べるだけの作物しか作れなくなった高齢者は、これらの若者に田畑をや技術を惜しみなく提供し、温かく見守ってくれているようです。若者たちは加えて、消費者の動向を敏感にキャッチし新しい品種の野菜作りに挑戦したり、販売販路を工夫したり日々奮闘しています。

隣の有機農家のKさんが、子供たちと遊んでいるところにトウモロコシを持って現れました。「先が虫にやられているので売り物にはならないのですが、今、とってきたばかりなので、傷んだところを外して、このまま生でかじると美味しいですよ、よかったら食べてください」と。

もちろん、すぐにかぶりつきました。歯冠にトウモロコシがいっぱい挟まってしまいましたが、甘くジュウシ―でとてもおいしかったです。

翌日、「撥ねもの」のトマトを籠いっぱいもらって横浜に帰ってきました。Kさんは、商品にならないトマトを「撥ねもの」といっていましたが、熟しすぎて実が割れたり、虫がつついた跡があったり、青く固まった部分が何箇所かあったり、ちょっと傷がついていたり、大きく実のらなかったりしたものでした。

家に帰ってトマトを広げてみて思いました。写真は昨日、我が家の菜園で収穫したものです。朝露がほとんどない我が家は毎日ホースで水をあげています。獲れる野菜たちは、曲がったキュウリに風で傷ついた茄子やトマト、インゲンなどばかりです。それでも美味しく毎日いただいています。酸っぱいブルーベリーはジャムにしましょう。

「撥ねもの」の野菜たちが店に並び、これらを買う人が増えていくといいのに、と野菜たちを眺めています。

140804薄金

薄金孝子(フォーラム理事)