子どもの育ちに関する2つの講演会に参加して
はじめに
ロシアのウクライナ侵略、政変、干ばつ、地震、人災、天災を被る海外の子どもたち(もちろん大人もだが)、目を転じれば日本でも、貧困、虐待、ヤングケアラーなど、子どもの健全な育ちを困難にしている実態が、ニュースや特集番組などであふれる毎日である。このような中で、子どもの育ちに関する2つの講演に参加した。
2つの講演会
一つは、児童虐待という極めて重大の子どもの人権侵害を、子ども期に受けて育った(虐待サバイバー)当事者が、シンポジストとして登壇した「児童虐待のない社会を目指して-他人事から自分事へ」で、6月に埼玉県内で開催された講演会+シンポジウムである。
もう一つは、「子どもの育ちを『食』から支援するために-『誰一人取り残さない』の視点から」で、当法人の総会研修会(7月17日)である。内容は、子ども期を保証する子どもの権利をめぐる基調講演、現場からの問題提起として、学童保育における「食」から見える発達障がいの子どもたちの姿、家庭に代わる児童福祉施設における養育と食の自立支援がテーマであった。
ここでは、後者は多くの会員の皆さんが参加し課題が共有されていると思われるので、前者、中でも虐待サバイバーの話を中心に述べたい。子どもと支援者の双方からの講演により、理解を深めることができた。今後の子ども食堂のボランティア活動等にいかしたいと思う。
虐待を受けた当事者の話から
虐待や虐待に関した出来事は控え、印象に残った話を紹介する。
前者のシンポジスト虐待サバイバーのブローハン聡氏、希咲未来氏は、快活かつ明快に、自立した今に至る経過をお話しする中で、転機となったエピソードとして、言葉を選びながらも受けた虐待の話をした。それは想像を超えるものであった。その内容で共通していると思ったことは、幼いころはそれが虐待であるとはわからない(他の家庭、他の子の家庭を知らないので普通がわからない)、わかる年令になるとエスカレートする虐待を恐れて「助けて」が言えない、ということである。一方で、「きびしい育ちの中で、なぜ明るく前向きでいられるのか」との参加者からの問いに、「今は、信頼できる大人に出会って満たされているから」と、心に響く一言が2人からあった。
周りにいる大人が気づき、気づいたら「助ける」行動を起こすことが求められており、後者の増山先生が協調された「つながることを止めない-オルタナティブかつ創造的な解決策の模索」に通じる。気がついたら周りにつないで、専門職による制度の活用も含めて、社会全体で解決すべき問題であることを痛感した。
2人は、活動の場や方法は異なる異なる面もあるが、同じような境遇で育ってきた子どもや若者たちへの支援者として、講演会なども含めた情報発信、教師や主任児童指導員と協働した活動なども行っている。ブローハン氏は、現在は「一般社団法人 青少年自助自立支援機構」(通称:コンパスナピ)の一員として就労支援、自立支援、居場所事業等に従事。著書『虐待の子どもだった僕-実父義父と母の消えない記憶』(さくら社)がある。
育った児童養護施設への思い
ブローハン氏は児童養護施設で育った。「幸いにも施設に入れたから今の自分がある」と感謝の念を抱きながらも、「育った児童養護施設を家庭と思って帰るが、自分の部屋は他の子の部屋になっていてなくなっている、リビングの雰囲気も違うし、お世話になった職員も(異動して)いないので、自分には家庭はないんだと思い知らされる」と複雑な心境を語った。
後者の講演会演者の児童福祉施設からの問題提起では、マンション4戸に一人の栄養士の配置であるのはきびしく、その中で、子どもが抱える諸問題に向き合いっている様子が話された。当事者の人権を守っての支援の紹介は、個人情報の保護の観点からストレートな表現ができないもどかしさを思わせたが、当時者への思いや支援の難しさ乗り越えようとする多大な努力をくみ取ることができた。
当事者と専門家との協働活動がすすむことによって、社会的支援の輪の拡大・充実することを期待したい。
「食」からの支援を模索する
当事者2人の話には「食」についての話はなかったが、講演会終了後の交流会で対話ができた。「個人的、組織的にも『食』は気になっており支援の必要性は痛感しているが、そこまで手が届いていない。いずれ支援をお願いしたい」とのことだった。彼らの“社会的養護を必要とする若者の支援”の活動と、何が協働できるのか、話し合いをしながら、「食」からのつながりを模索していきたいと考えている。
針谷順子(フォーラム理事長)