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2010-12-06

里山の新米

今、私は、娘たちがつくったお米を毎日炊いて食べています。
ピカピカの一粒一粒が愛おしく、味わっていいただいています。

娘は、夫の仕事の関係で、富士山を見上げる里山に暮らして5年になります。
結婚前は、庭の草取りもしたことなく、家庭菜園で今何が収穫されているかも無頓着だった子でした。
ところが、一変して、里山の人々に教えてもらいながら、自分の家で食べる位の野菜を作っています。
先日も、孫が小さな手でサヤからだした、という小豆が送られてきました。

一面に花咲く蓮華を鋤き込み、田に水をはり、5月に田植え、田の草取りをし、ほとんど無農薬に近い状態で、秋には天日で干してお米を収穫しました。
勿論、田植え、稲刈りには孫のお守りに喜んで行っています。
家族4人が1年で食べる量の倍は収穫できたので、9月の新米から我が家もおすそ分けをいただいています。

この里山は富士山の伏流水が豊かで、水の流れがうまく田に回るように段々に張り巡り、それを里山の人々が代々受け継いて守っています。
でも、休耕田が多く草が生い茂っているところがあちこちにみられます。
隣近所のおじさんが、田んぼを貸してくれ、農機具も使ってないからくださり、ノウハウも手取り足取り教えてくれて、おいしいお米が収穫できたようです。
田んぼはコンバインの操縦など、夫が仕事の休みを調整しつつ主になってやっていました。

小学生の頃、食べる米は父や母が人手を頼りに作っていたのを覚えています。
田植えは何人もの人が並んで、腰を曲げて一斉に植えていました。
稲刈りも、脱穀も人手で何日もかけて籾だらけになりながらやっていました。
その記憶とは大違いで、種籾の準備、種墦、代掻き、田植え、稲刈り、脱穀と機械化が進んでいるのに驚きつつ、素人が初めての体験で、自然の恵みがあってのことですが、こんなにおいしいお米が収穫できるのだと感心をしているところです。

そんな姿をみていた里山の人から、「うちの田んぼもやってくれないか」と話があったとか。
「高齢化と後継者の担い手がいない里人が多いのはわかるが、とても、とても、手が回らない」と娘たちは言っています。

薄金 孝子(フォーラム理事)