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2011-10-02

台風15号がくれた縁

台風15号が静岡に上陸した9月21日午後6時過ぎ。電車で20分程の自宅まで帰ろうと職場の最寄駅に行くと電車が運転を見合わせていた。台風の影響で私鉄JR地下鉄、全てストップ。娘を自宅近くの保育園に預けている私は本当に困ってしまった。

駅のタクシー乗り場の列に並ぶ。保育園に連絡をいれ、タクシーを待つが10分、20分経ってもタクシーは来ない。駅員に聞いても運転再開の見通しもないと言う。まさか電車が止まるなんて、危機管理ゼロの自分を反省した。時間だけがどんどん過ぎていき気持ちも焦る。駅で客を降ろしたタクシーは、予約優先なのかどこかに消えてしまう。じっとしていても仕方が無いので、上・下登山用のカッパ姿に骨が折れた傘を持ち、風雨の中でタクシーを探し歩いた。30分程経った頃、やっと「空車」表示のタクシーが1台、駅のロータリーに近づいてきた。たまたま近くに居たので必死で呼び止め飛び乗った。

 保育園経由で自宅までお願いしたいというと、「普通はロータリーの手前では乗せないんだよ。タクシー乗り場まで行ってくれって言うけれど、お客さんは様子が違ったから乗せたんだよ。」とベテランの年輩運転手さんは言った。私はルール違反と分かっていたけれど仕方が無かったと言った。運転手さんは「いいのいいの、駅で待つ人はどうせ近所の人だから。」とあたたかい言葉をかけてくれた。

 職業の話等しているうちに、運転手さんが私の母校の学食の常連だということが判明した。お客さんとして大学の先生を乗せた際、タクシー会社が大学に近いことから興味があって「学食は一般の人は行けないんでしょう?」と聞くと、「一般の人も利用して良いんですよ。」と言われたそうで、「そうは言っても若い女性が多いキャンパスに足を踏み入れる勇気が無い」と運転手さんが躊躇すると、その先生は「守衛さんに紹介しますから利用してください。」と言って、守衛さんに紹介してくれて、それを機に学食を利用するようになったとのこと。学食の食事は身体のことを考えた食事だし、美味しいし、安いし、とても気に入っていると言っていた。母校を褒められて嬉しかったし、紹介された先生の言動も素敵だと思った。食事をする際は女子大生の視線を気にしつつ、隅で肩身が狭いけれども、今では学食の職員にも顔を覚えてもらい、しばらく行かないとどうしたの?と言われる程だとか。これも地域が支える健康づくりだなあと、聞きながら考えていた。

 保育園に着くと、利用時間を大幅に超過しているにも関わらず、うちの子一人のために、園長・副園長・担任の先生が軽食を用意し食べさせながら待っていてくれた。タクシーの運転手さんもエンジンを止め、雨上がりの車外に出て、まるで家族のように、偉かったねえと娘を迎えてくれた。

 運転手さんに「一年で印象に残るお客さんが何人かいるけれど、あなたはそのうちの一人だね」と言われてしまった。こうして話を書いている以上、私にとっても機会があったらまたお世話になりたい、と思う印象深い人だった。

仕事で、あるいは暮らしている地域のコミュニティの中で、私自身も困っている人、弱い立場の人にとって、そんな存在に感じてもらえるような関わりを広げていきたいと思った出来事だった。

佐藤亜希子(フォーラム運営委員)